2021年5月4日火曜日

2021/5/1土~5/3月 和名倉山

■はじめに

膝も回復し、天候もまずまず。
6か月ぶりのテント泊に行きたい。
山歩きをはじめて最初に買ったガイドブック、ヤマケイアルペンガイドの『奥多摩・奥秩父』を読んで、いつかは行きたいと思っていた和名倉山に行ってみようと思う。

和名倉山が手ごわいのは、奥秩父の縦走路からは外れた半独立峰のような立地であり。
通常の(ルールを守った)計画では将監小屋から丸一日かけて往復してこなければならない。
率直に言ってそこまでして訪れる魅力のある山かといえばそれほどでもないのだが。
地図を見れば分かるが、その巨大な山容に圧倒されることと、
田中陽気のグレートトラバースの影響もあってか、近年歩く人も多くなっている。
その影響もあって、北東の秩父湖からの二瀬ルートもテープなどが付けられ、以前よりもだいぶ歩きやすくなっているという。

最近体重が減ってめっきり強くなったことも鑑み、今回は秩父湖側から縦走してみたいと思う。
諸事情により記述に不自然な所があるが、そこはご容赦願う。
また新しいテントも試してみたが、それについては次の別の記事にまとめた。


■計画メモ
0650 池袋 ちちぶ3号
0814 西武秩父 786+710円
0830 西武秩父駅
   (埼玉大山寮で下車)944円
0945 三峯神社

将監小屋~閉まってる
三条の湯~テント泊1000円・入浴600円

丹波山からのバス
0942.1034.1202.1400

二泊三日で検討したのだが。
この三度の緊急事態宣言によって、多くの店が休業している。
丹波山村も、道の駅やのめこい湯が休業中となっている。
下山後に風呂に入れないというわけだ。
三条の湯は営業しているので、そこで風呂にはいって着替え、最終日はなるべく汗をかかないよう、転んで服を汚さないように降りたい。


■前日の準備

ひとまず装備を並べ、仮パッキングする。
12.4kg。
暖かくなってきたので、寝袋と着替えがかさばらないのがありがたい。
マットも含めて全部60Lザックに収まった。
頑丈なペグとハンマーは、できれば持っていきたくない重い荷物ではあるが。
初めて訪れる場所に、初めて使用する非自立テントとなれば、安全策と思いたい。
ここにスマホ財布などの小物と、水と、コンビニで買う初日の食料を加えれば14~15kgになるだろうか。


■埼玉大山寮~反射板

西武秩父駅から三峰神社行のバスに乗る。
乗る際にあらかじめ運転手に「埼玉大学山寮で降ろしてください」と伝えておく。
また三峰口駅から乗ってくる人で混むので、バスの前の方に居た方がいい。


ここ。
秩父湖バス停から1km少々なので、混雑する三峰神社のバスは避けて中津川などの別の路線を使うという手もあるかも。


山寮の脇を下っていき、秩父湖にかかる吊り橋を渡る。


いきなり容赦のない急登にスタミナを削られる。
6か月ぶりのテント泊装備が背中に重くのしかかる。
いくら体重が軽くなったといっても、背負う荷物の重さは変わらないのだな。


この二瀬ルートは破線ルートなのだが。
遭難の多さから近年標識やテープが設置されたようだ。
少なくとも登りでは迷うようなところは無かった。
ただ、下りではテープを見落とすとルートを外れてしまうかも?という場所はいくつかあり。


急にパラパラと雨が降ってきて、ザックをおろしてカッパを出す。
所が手が滑ってカッパが急斜面をコロコロを転がり落ちていく。
追いかけるのは危険なので見守っていたが20m程下で止まり、危険でもなさそうだったので慎重に回収した。
通り雨だったようで、すぐに止んだのだが。


反射板の手前は少し道が細い巻き道で慎重に歩く。
この反射板というのは何もないひらけた場所だ。
たぶん短波の反射板でもあったのだろう。


■反射板~造林小屋跡

至る所にワイヤーや一升瓶が散乱していて、林業の昔日を想う。


平坦で歩きやすい。


途中崩落個所があるが、地面は固まって踏み跡もついているのでどうという事もない。


レールとトロッコの車輪が目に入ると、そこが造林小屋跡。

■造林小屋~北ノタル

造林小屋から水平方向に進む道も見えているが、そちらは入ったとたんに地面が柔らかく、「あ、これは違うな」と分かる。
山高地図には「ルートは沢源頭のガレ状をたどる」とコメントあり。
一読してなんのことだか分かりずらいが、行ってみればなるほどとなる。


テープを頼りに沢沿いを少し登ると水場がある。
流れのある水たまり程度のものだが、水場としては汲みやすい部類だと思う。
ナルゲンボトルを直接つっこんで汲むことができるので。


バイケイソウが開きかけ。


山高地図のコメントはここの沢沿いの登りの事を言っている。
変な道。
直観的に「そこに踏み跡は、登山道は作らんだろう」と感じる場所に踏み跡はある。
実際遠目には踏み跡があるようには見えず、テープを信じて近寄ってみると踏み跡がある。


ヤマレコマップを見ても、このルート以外にも2本足跡がついている。
現地でみると、その2本の方が正解ルートの様に思えてしまう。
たぶん、そちらの方が本来のルートだったのが、何らかの理由でこちらのガレた沢沿いに付け替えられたのだろう。
このガレた沢沿いにもケーブルが残置されているのを見るに、木材を落とす場所だったのかも。


ガレた沢筋から二瀬尾根にあがるとなだらかな歩きやすい道になる。


けれどこんな倒木も奥秩父らしい。


小さく開けた場所が、北ノタル


■北ノタル~二瀬分岐~和名倉山


北ノタルを過ぎると苔むした美しい森になる。


ピークを過ぎて、やや南に下りだすと広葉樹に代わり、二瀬分岐がある。


荒涼とした場所を東へ進む。


少し登り、再び針葉樹林帯に入ると、そこに山頂標識があった。
標識が無ければ山頂とは気づかないだろう。


和名倉山の魅力は山頂ではない。
それ一座で一つの山域と言っていいほどの巨大な山塊、愛鷹とか赤城とか、そういう山なんだと思う。


■和名倉山の水場

二瀬分岐を少し南く下ると平坦な場所に出る。
ここから東の方に水場があるので汲んでいこう。


山高地図には「東へ踏み跡をたどる」とあるが……


端的に言って踏み跡など無い。
ただあたりをつけて下っていくと、ピンクのリボンがあり。
そのリボンの場所まで行けば次のリボンが見える。
順々に追って行けば水場まで誘導してくれる。


谷だ。
もっと下の方は水量がありそうだが。


水場は水量が少ない。
小さな水たまりのような場所で、ボトルでは水を汲むことができない。
台所のお玉のようなものがあれば、そっと100mlづつくらいすくえそうなのだが。
なんとか岩から水が垂れてくる場所にナルゲンボトルをあてがったが、1L溜めるのに5分程度かかる。


正直、汲みに行くのはややしんどい水場だ。
明るいうちに、なるべく軽身で、でも両手は空いた状態で汲みに行ったほうがいい。


■二瀬分岐~東仙波

緩やかな起伏のある尾根道を南へ進む。


途中岩の上に立つと、西側がひらける場所があり。


西の唐松尾山や、


北西の中津川方面が見渡せる。


やや崩れた場所を静かに登ると、


東仙波とカバアノ頭まで開ける。


東仙波に到着。

■東仙波~山ノ神土

西仙波は標識などもなく、いつの間にか通過していた。
ほどなく樹林帯の中にはいり黙々とあるく。


途中に一か所、酷く崩落している箇所あり。
雨を吸って土も柔らかくなっているので、肝を冷やしながら通過した。
今回の山行でここが二番目に怖かった。
ただここ、東→西方向では気付かなかったが、
通過してから振り返ると、西→東方向には高巻きに逃げる踏み跡があった。


樹林帯を出ると正面に唐松尾山と西御殿岩がみえる。
ここから水へに左手へ巻いていくのだが……


この一見なんてことのない笹藪が実に嫌な道で。
細い踏み跡が固まっておらず、谷側が崩れかかっていたり、谷側に足を置いたとたんに踏み抜いて崩れたり。
慎重に足を置く必要があるのだけど、藪で見えにくい。


実際大きく崩れてしまっている箇所もあり。
そんな場所は笹藪が踏み倒されているのだけど、斜面のこういう笹の上に足をのせるとスルっと滑る。


山ノ神土に到着。
ほっとして休憩。
和名倉山の縦走はこれにておしまい。

振り返ってみるに、和名倉山は突出して何かが厳しいという訳ではないのだけど。
体力・技術・判断力など、総じて中級程度のものを要求される山かな、と。
埼玉大山寮~和名倉山頂までの標高差は鴨沢~雲取山頂までとそう変わらないはずだが、こっちの方が二割増で厳しく感じた。


■山ノ神土~禿岩~北天ノタル

将監峠


奥秩父縦走路の中でも笠取より東側は東京都水道局の水源監視道でもあり。歩きやすい。


下に見える青い建物が将監小屋。
今は休業中らしいが。
小屋泊まりの軽身ならば、一日で埼玉大山寮から将監小屋まで行けるだろうか?



危険個所にはしっかりとした桟道が作られている。
のだが、


わりと最近の崩落個所が2つ続く。
最初の西側のは高巻きに踏み跡がついている。
けれどこの踏み跡、崩落地上部のへりとかなり近い所に踏み跡がついていて。
遠からず、二次崩落を起こしてしまいそうなんだ。


次の東側の崩落地。
こっちも高巻きの踏み跡があるが、下巻きの方が楽そうだ。


飛竜山が迫ってくる。
今まで東側からしか飛竜山をしらなかったので「名前負け」のイメージを抱いていたが。
西から見る飛竜山は堂々とした山だ。


石清水の水場。
岩の下にチロチロと水がでて小さな水たまりを作っている。
ここも水が浅く、ナルゲンボトルやプラティバスなどでは水を汲むことができない。
おたまの様なものが要る。

以前から同じことを思うのだが。
こういう汲みにくい水場で水を汲むための道具、というのは何かないだろうか?
それこそおたまでもいいのかもしれないが、こう、醤油ちゅるちゅるみたいな小さい手動ポンプとか。


禿岩(東)
禿岩(南)
禿岩(西)
禿岩(北西)

圧巻の展望。
丹波山村の西部の山域は複雑な地形をしている。
時間が許せば地図と照らし合わせてみたいところだけど。
狭い山頂に後から人が来るのと、風花が舞う冷たい風とで早々に退散する。


■北天ノタル~三条の湯

北天のタルで腰をおろして休憩。
手持ちの水を飲み干し、最後の行動食を胃におさめた。

三条の湯~北天ノタルは確か4年ほど前にも歩いている。

201705/04木~05/06土 飛龍山

尾根の西側は植生が貧弱で、砂が上から絶えず落ちてきてまき道が埋まってしまい、また崩れやすい嫌な道だった記憶がある。


最初の西側。
石垣が組んで直してある。


西側の水場。
ここも散乱してあった岩を組み直してある。


おかげでいくらか水を汲みやすい。

これをみて、このコースも手直しされたのかな?と期待したのだが。
結果から言えば直してあるのはこの2か所だけで。
ここより下は以前よりもさらに悪化していた。


柔らかい砂の崩落地。
踏み抜いたらずっと下まで滑落して、自力での復帰は困難そうに見える。
でもこれはまだいい方で。


相当な悪場。
実に頼りない踏み跡で、柔らかい砂の地面は簡単に踏み抜いて滑落しそう。
ずっと上の方の木を支点にしたワイヤーが張ってある。
手すり代わりにしては随分と高いワイヤーをバランスとり程度につかみながら中間地点まで来ると、こんな紐が。
ああ、なるほど。
このワイヤーは、セルフビレイをとれという事か。
私一人ならそのまま通過してしまう所だけど。
同行者がいて、彼の安全に責任を負う立場ならば、シュリンゲとカラビナで簡易ハーネスをつくる必要がある。
それほどの悪場。
ここが今回で一番怖かった。

正直これが実線コースというのが信じられない。
「たまさか今は崩落しているけど、本来ならそこまで危険じゃない」
というのならばともかく、この状態が何年も続いてしかも年々悪化しているのならば。
うーん、どうなんだろ。
でも実際にここで事故が多発しているとも聞かないし。
妙な感じだ。


膝に負担をかけないようゆっくり下っていくと、薪を燃やすいい香りが立ち上ってくる。
この香りが好きなんだ。


三条の湯に到着。
テント受付と入浴で1500円。


テントを張ってから風呂に入る。
湯上りにビールを2本と鹿肉燻製をもらう。
小屋の脇のテーブルで1本開けてしまう。
最高だ。


この日のテントは15張程度。
GW中とは思えない少なさだ。
緊急事態宣言の事もあるけど、お祭からの後山林道が通行止めというせいもあるのかな。

沢沿いにいくらでも張れたけれど、一度あのテラス?に張ってみたかった。


自宅にあった北雪の純米吟醸を500mlのナルゲンに一杯詰めてきたのだが、それは昨晩に全部飲んでしまった。
ビール2本とコンビニで買ってきた日本酒200mlが今晩の友。
ふなぐち菊水はコンビニで買えるカップ酒の中では上等な部類だと思う。

鹿肉の燻製はいぶし香強め。
昔、ハムベーコンとともにビーフジャーキーを手作りしていたのを思い出す。
素人が作るのでどうしても塩が強めになってしまう。
その代わり燻煙材は贅沢に使えるので香りが強い。
9割がた飲み干したあたりで気を失う様に寝入った。
晩飯を食い忘れたな。
まあ日中に行動食を結構食べているのでカロリー不足はない。


■山上の湯~サオウラ峠~丹波

6時前に出発。
本来なら丹波山村ののめこい湯に入ってから着替えたいところだけど。
緊急事態宣言で休業中の為、風呂に入れない。
昨晩の入浴後に着替えてしまった。
なので今日はなるべく汗をかかないよう・転んで服を汚さないようゆっくり行こう。


サオウラ峠。
ここまでが結構ながく感じる。


ちょっぴり富士山。



サオウラ峠から下っていく道も、相変わらずの砂ザレなのだけど。
昨日のあの悪場を見た後だとさほど酷くも感じない。
そこそこ固くしまっているし、4年前と比べて特段悪化しているようでもない。

山好きの今上陛下が登山に来るとなると、悪い道が整備されるので。
こういう人気があるけどちょっと嫌なコースなどには「御幸待望論」などが冗談交じりに語られるのだけど。
もう天皇陛下に即位された以上、登山もないのだろうな。



落石から集落を守るためのフェンス。
鋼鉄の柵に廃タイヤをリングメイルの様に括り付けてある。
落石の衝突の衝撃を逃がして柵が壊れないようにする一方で、
土砂崩れなどの場合は水が抜けるようになっている。
武田信玄の考案した信玄堤と呼ばれる。(←大嘘)


丹波バス停に下山完了。
バス停に15人くらいいて、おや?と思ったけど。
どうも少し前の奥多摩からのバスで来た人たちがのんびり準備していたのだった。
9:42の奥多摩駅行に乗ったのは私一人だけ。
お祭から乗ってきた人によれば、後山林道はもう歩けるようになっているが、解除宣言が出ていないだけだと。
驚いたのは鴨沢から乗ってくる人が一人もいなかった事。
でも青梅街道は車もバイクもバンバン走っているし、路肩に沢山の車が駐車してあった。


奥多摩駅前の飲食店はのきなみ休業中だったが。
駅前の一松肉店が店先で色々売ってたので焼鳥とメンチを買った。
次の列車まで少し時間があるので、ホームのベンチでいただいた。

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