2024年8月17日土曜日

2024/8/17(土) 越生~日高の奥武蔵低山縦走

今日も汗を絞りに行くよ。



越生駅西口から。
トイレをすませ、ベンチで身支度。
今日もランニングシャツ&ランニングパンツというトレランスタイル。
大量の汗をかく時はとにかく服が重くならないこれがいいのよ。
缶コーヒー2本でカフェイン注入し、7:20出発。



越生は太田道灌推し。


越生駅西側の県道30号、飯能寄居線は関東平野の西の山際を南北に走る街道であり、ここらはその宿場町だったのかな。
こんないい感じの建物も残っている。



役場の脇から、さくらの山公園に入る。



整備された歩きやすい公園だ。


世界無名戦士の墓。
ここらの山は数度来ているけど、ここは初訪問。
第二次大戦の戦死者・犠牲者を弔うための霊廟。
あらゆる人を区別せず弔うため、無宗教スタイルでこんななりになっているみたい。
正直、真以降のメガテンのLAWみたい。


2階が展望台になっている。
関東平野の端っこの山である立地の良さを生かしている。


右手は新宿方面まで。


左手の遠くに見えるのは足利の方の山かな。



大高取山の山頂に寄って小休止。
歩き始めて1時間半、既に汗でびっちょり。
今日も1時間に500mlペースで水を飲んでいく。




桂木観音にいったん降りる。


観音前の駐車場にトイレと自販機があった。
ありがたいっ!



桂木観音から桂木峠を経て展望峠までは、山高地図だと不親切に過ぎる。
現地でアドリブ要。
守屋地図を見ておいた方がいいな。
守屋地図のアプリ版サービス終了が悔やまれる。
なんなら東側の桂木林道でここまで来ても大差ないだろう。




ピーク感の無い椎木山。
たぶんこのピークの事ではなく、付近一帯をそう呼んでいたのだろう。
明治以降に三角点が置かれるようになり、便宜的にそこを山の山頂と認識する必要がでてきただけで。

身体から流れ落ちる汗で、靴の中がぐちゅぐちゅになりだしたのだが。
奇妙なことに気づいた。
右足の靴の方が先にぐちゅぐちゅになる。
今日だけではない、ここ最近いつもそうだ。
つまり右脚を伝わって落ちる汗の量が、左脚よりも多い。

身体の右半分の方が汗をかく、ということはあるまい。
服装や装備が左右非対称、ということも無い。
つまり自分の気づいていない歩き方のちょっとしたクセのようなものがあり、それで汗が右脚側に多く伝わってしまうのかも。
今日一日意識してみても分からなかったが。
要継続調査、かも。




突如ぬっとあらわれる高架鉄塔。
西上武幹線222号鉄塔。
地図にないぞ?これ2023年版なんだけど。

東京電力によると2014年から運用開始らしい。

また各種山地図のベースとなる、国土地理院地図を見ると鉄塔の記載はある。
うーん、これは山高地図の怠慢だなあ。


鼻曲山。
この北側手前はちょっとした急斜面で、補助ロープがたくさん張ってある。
ロープを掴みたくなるほどの所でもないが。
老夫婦を追い抜く。


幕岩の手前の入口。
左手にやけにはっきりした踏み跡があり、巻き道かな?とつられそうになるが。
事前に地図を確認してあるのでここは尾根筋をキープだ、と岩に乗るが。



尾根上の岩場がちょっとトレース弱くて「あれ?」と振り返る。
いや、あってる。
左手の道は鉄塔巡視路だ。
東北側の支尾根に入っちゃう。
そういう判断の根拠にもなるから、山中の目標物は地図に欲しいのよね。



幕岩、特に危ないとこはないです。




カイ立場。
分岐注意とあるが、越生町設置の比較的新しい標識があるので間違えようはない。
少し前に「越生10名山」を選定した折に標識が整備されたのだろうか。
不思議な名前だが、守屋地図では「笹郷峠(貝立場)」となっている。
このへん、山中の地名の多さに関しては郷土史料にもあたっている守屋地図の強みに信頼性がある。
(特に杣・林業者や治山工事関係者の口伝でしか存在しないであろう沢の名前の豊富さは目を瞠る)




一本杉峠。
昔の子供の水筒の落とし物を誰かが標識に掛けたようだ。
中栓の傷みから10年くらい落ちていたのかな?

しかしぱっと見てマジンガーZかとおもったけど、違う。
スーパーロボット マッハバロン?
知らないなあ。
(ググる)
げ、1974~1975年にTV放送していたアニメ。50年も前じゃないか。
んん?
その当時の子供の持ち物が山中に50年近く落ちていたのなら、こんなに絵柄が分かるほど原型を留めているだろうか?
その子か、親かがしばらく使い続けていたものが、いまから10年とか前に落とされて、最近誰かに発見され、ここに掛けられたとか……



さて、主脈に出た。
ここからの選択肢は3つ。
東へ、主脈上を末端まで行き、高麗本郷・巾着田へ下山する
南へ、最短で下山するならユガテを経て東吾野駅へ
西へ、顔振峠の茶屋でなんか食べて、吾野駅へ

東案のつもりで、疲れたら南案にエスケープの腹づもりでいたけど。
そういや顔振峠も近いんだよな、ここ。
まあ、顔振峠は冬に猪を食べに行くところなので。
今日の所は予定通りに東へ行こう。



なんもない450ピークだけど。
お腹が鳴ったので糖分補給で小休止。




エビガ坂・スカリ山と山道を来たけど、急斜面のアップダウンでしんどかった。
遠回りに見えてもグリーンラインの車道の方が体力は温存できるかも。
というか、今日は土曜日で天気もいいためか、ランニングの人が多かった。
ロードバイクの人は意外と少ない。自転車こぐには暑すぎるのかな。



少し疲れたけど、結局日和田山まできました。



日和田山の登山口でひとまずゴール。
トイレの水道で頭を洗う。

ここまで山高地図のコースタイムでだいたい7:30くらい、それを5:50できた。
先週の白久駅から酉谷山はコースタイム6:30のところ、8:10かかった。
そりゃ、麓の町が整備するようなハイキングコースと、
一般コースとは言い難い奥秩父の縦走路とでは、想定している「平均的な登山者像」が異なるとはいえ。
もうちょとこう、なんか、ね。


高麗本郷の信号のとこのセブンで、酷使した脚の補修材を注入。


巾着田の河原で水遊びしたりバーベキューしたりしてる。

高麗駅のトイレで軽く水をかぶり、全身着替えてしまった。
靴下まで全部かえたとして、靴がびちょびちょだと結局足が濡れてしまうのが嫌だった。
今日は出かけに玄関のサンダルを持ってきたので、素足にサンダル。
うん、快適だ。荷物が許すならこれがいいな。
登山に適したサンダルというのもあるらしいが、さすがにそこまでする気はない。


満洲で乾杯。
下山後のコレのこと考えてぼんやり、うっかり突き出た木の根を踏んでしまい、足首をグキッとひねりかけたのはナイショ。

2024年8月11日日曜日

2024/8/9(金)~10(土) それほどでもない魔界@熊倉山~酉谷山

GWに行き、寝袋を忘れて撤退とあいなった熊倉→酉谷のリベンジ。
今回スマホポーチを忘れ、スマホはザックの雨蓋にしまっていたので写真は少な目。

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計画メモ

0442 王子
0447 赤羽
0458 赤羽
0507 池袋 178円
0512 池袋 飯能行
0615 飯能
0616 飯能 西武秩父行
0711 西武秩父 796円

0750 御花畑 三峰口行
0813 白久 450円

白久駅
↓3:30
熊倉山
↓3:00
酉谷山
↓0:20
酉谷避難小屋
↓2:00
一杯水避難小屋
↓2:30
東日原

東日原から奥多摩駅行のバス
0940.1125.1245.1411 (※)
24分530円

奥多摩→王子 1275円

(※バス時刻は西東京HPのハイキング時刻表20240401版を確認してメモしておいたのだが、どうも更に改正が入っていたようで現地の時刻は異なっていた)

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必要なものは前夜のうちに床に並べて置き、
当日の朝に水筒に水を詰め、最終確認しながらパッキングする。
寝袋が無く荷物も少なめなので40Lザックで足りた。
とはいえ水を4L持っていくのでトータル12.1kg。



御花畑駅での乗り換えに時間があったので。
”はなゆう”で山菜そば。
にごりが無く透き通った出汁がうまい。
すっきりした飲み口。



”はなゆう”から10mの所にもう一軒、こちらは”秩父そば”でしゃくし菜そば。
しゃくし菜漬の油炒めがのっている。
そばに特徴があって、細めのよじれのある麺に、そば殻なのか黒い粒がまじる。
油で炒めたしゃくし菜漬は、高菜とメンマの中間くらいで、これはこれで酒のつまみにいいのだけど。
そばにあうかといわれると、なんとも。
青のりの揚げ玉の方がありがたかった。





エモ味のある無人駅、白久駅で支度をし、8:20に出発。
今日は長丁場、かつ後半が厳しいと思われるので。
暑さにバテてしまわないよう、体力を温存するよう、努めてゆっくり歩く。



林道を1時間あるいて城山コース(小幡尾根)の登山口。
ストック・手袋の準備をする。


コースタイム2:30のところ、2:45かけて熊倉山。
山と高原地図は時々スパルタンなコースタイム設定だったりする。
ここをコースタイム通りに歩けるとしたら、似たような標高差の丹沢の大倉尾根(大倉→塔ノ岳)を3:10くらいのペース感覚じゃないかな?
(そちらは3:50のコースタイム)
お腹はすいていないが後半に備えおにぎりとパンを食べる。



さて、ここからが本番だ。

先に結論を述べる。
熊倉山~酉谷山は死亡も含む遭難多発地帯であり、「魔界」の俗称もあるほど。
それには登山口から遠く・エスケープができない事も含まれると思うが、
身構えて行ったわりには……普通
いや、もちろん決して楽なコースではないのだが。
城山コース(小幡尾根)が実線コースにしてはやや道が悪く、ここもその延長であった。
多少岩角や木の根っこを掴んで這い上がるような場所もあるにはあるが、傾斜・高度感・高難易度の場所はなく、肝を冷やすような場所は一つもない。

ルートファインドに関しても、人の往来は多いようで踏み跡は基本明瞭。
というか、ずっと尾根通しだし。
テープリボンも多かった。これに関しては遭難多発故に増えた感はあるが。



熊倉山を出て最初のピーク、蝉笹山。
遠目には岩の上にあり、ピンクテープが岩の上に続いていて
「え?あの岩巻かずに登るの?」
とビビるが。
近づいてみれば岩が切ってあり、手も足も安心して置ける。

写真の標識の左手、宗屋敷尾根からの踏み跡も明瞭にあるが。
ここに限らず地図が頭に入っていて、進むべき方角を失っていなければ間違えることはないだろう。




次のピーク、シラカケ岩。
西側が開けていて、道中随一の展望。
ここの南側は垂直の崖なので、少し北に戻ってテープに書かれている通り東側を巻く。


ピーク感の無い檜岳。
シラカケ岩から南は岩場もなく、アップダウンも比較的穏やかで破線コースとは思えない楽な歩きができる。
脇が植林帯の所はうっすら踏み跡も見えるが、そんなところを間違えて降りる人は居まい。

そうだ、思い出した。
過去にこの山域で発生した死亡遭難記録で読んだのだが。
その遭難者は北の白久駅から熊倉山に登り、東北の武州日野駅に降りるつもりだった。
(と、遺体から発見された手記に書かれていた)
だがどうも熊倉山から北に戻らず、南へ通り抜けてしまったようで。
自分が南に向かっているのに気づかず、いくら歩いても下山する気配が無いのに業を煮やしたのか、降りられそうな所を降りてしまったと思われる。
結果、滝の下の遺体となった。
そのレベルの間違いを犯す人だと……まあ、確かに。
こちらの道がもっと酷く、一見して「違う」と分かる難所ならば、その人も気づいて引き返したかも。





黙々と歩いていくと、東京大学の名前にあれ?と足を止める。
地図上で区間を区切る白丸の場所がここだった。
ここより西側は東大の演習林であり、部外者立ち入り禁止らしい。
立ち入り禁止を謳うということは、立ち入れるルートがあるんだろうな。

さて、熊倉山からここまでゆっくり歩いてコースタイム通りに来ているが。
ここから酉谷山までコースタイム40分は……いくらなんでも無茶では?
この後実際にはここから小黒まで40分、小黒から酉谷山まで40分、あわせて80分かかった。

まだ15時だというのに急に暗く、雲が厚くなってきている。
今朝がたの天気予報では17時頃から雨が降りそうだったが。
西からの雲の移動が少し早まっているかも。



小黒に向かって登っていくと、目の前のピークのような方へ向かわず、踏み跡が右へ逸れていく。
あれ?ピークを踏まずに巻いちゃう?
と不安になりGPSで合っている事を確認。
記録用でなく、不安と確認の為にGPSを見たのは、今回この一か所のみ。

踏み跡はこのあと小黒のピークへ登る。
崩れ気味の斜面を倒木が塞いだりしていて、くぐったり跨いだりで服を少し汚してしまった。



小黒。
尾根上の小ピークの一つではあるのだが。
等高線からは読みにくいが現地では複雑な地形をしている。
以前は間違った方向へ誘導されかねない難所だったろうと思われる。
今は「こっちに行くんじゃないぞ」ととうせんぼロープが多数張られているおかげで迷う余地がない。




少し下って大血川峠。
最後のひと登りだ、と酉谷山の北面を見上げ息を整える。
雨も降り始めたが、なに、既に汗でびっちょりなのだから慌てる事は無い。

しかし酉谷峠とか、大血川峠とかの地名から察するに、昔には日原と大血川方面を結ぶ峠道だっただろうか。
西側の谷を覗くと、踏み跡のようなものもかすかに無いでもないが。
現状ここを降っていくのは無謀に思える。

最後に酉谷山の北面を登っていくと、尾根が太くなり、踏み跡が散逸しだす。
あれほどあったテープリボンもなぜかここだけ乏しい。
後はもう適当に登れるところを登れ、という感じか。
一番濃そうな踏み跡を信じて登っていくと……




酉谷山の山頂に出た。
過去に何度か酉谷山に来た際、どこが北への道なのか探しても見つからなかった。
現に自分が出ていたとこ、山頂標識の左2mくらいのとこを振り返ると、確かに踏み跡はある。
だが踏み跡が拡散してしまい、一筋の径になっていない為、知らないと路にみえなかったのだ。

白久駅から酉谷山まで、コースタイムで6:30。
休憩込みの実時間で8:10かかった。
地図の作成者としては一人の名前が挙がっているもののその人は監修で。
広大な山域の調査のこと、実際の踏破しての確認は多くの人に分担しているだろう。
たまに調査員の主観がとんがる事もあるといえばある。
また地図のコースタイムは「そこを歩く平均的な人」を想定しているもので、困難な場所は上級者であることが前提のコースタイム設定であったりもするのだ。

強まってきた雨を浴びながら小屋に向かう。
コンニチワーと扉を開けると、無人。
金曜の平日で、この雨で、この時間。今日は貸し切りだな。


しかしそうなるとこの雨も天祐。
誰もいないのをいいことに「シャワー」を浴び、汗と土で汚れた服を「洗濯」してしまう。
いつになくサッパリした気分だ。


水場で汲んだ冷たい水でウィスキーを割り、保冷バッグで持ってきたボンレスハムを齧る。



やがて雨もあがり、気温は19℃。
山の上は涼しくて快適だ。
今夜はよく眠れそう……
と思っていたのに、なぜか全然寝付けない。
多少はウトウトもしたのだけど、明け方になっても全く眠気がない。
身体が疲れすぎているからかな?



予定を早め、明るくなるのと同時に出発する。
小川谷林道は相変わらず通行止めなので、一杯水まで東へ向かい、ヨコスズ尾根で日原へ下山した。



奥多摩駅前に戻り、週末なのでヤナギコージで朝食を食べる。



駅前がごちゃごちゃしているな?と思ったら、今日は花火の日らしかった。