2026年6月17日水曜日

2026/6/16(火) あじさいと霞丘陵

去年(2025/5/9の記事参照)も歩いたとこだが。
今年はあじさいを見に。


立川駅の山本山。
上から読んでも山本山、下から読んだらマヤトモマヤ。
今はこんなカフェっぽい店も出してるのね。
海苔は、さすが。
厚みがあり香りもいい海苔使ってる。
ただおにぎりとしておいしいおにぎりかといえば、ちょっと物足らない。





青梅の塩船観音寺。
お堂の古さと立派さには驚かされる。



ここはツツジの名所。
馬蹄形のすり鉢状の斜面いっぱいにツツジが咲き、最奥に観音像が立つ。
仏教庭園なのね。





今日はあじさいが目当てだ。



隣の霞丘陵との境。
まだちょっと早かったかな?とも思ったが。



それなりに満喫した。



その後は霞丘陵へ。




山と高原地図だと舗装路の方を歩くような書き方だけど。
手入れのされた丘陵ならではの気持ちよさがあり、舗装路歩きはちょっともったいない。







このあたりは立正佼成会の所有する山林。
そのため、なんの為という訳でもなくただ手入れされた山林なのだ。





今日は青梅の秘湯、岩蔵温泉の方へ下山。



沢を渡る際にあれ?と。
直感に反して沢水が左から右、南から北へ流れている。
このあたりはまだ東京都だが、成木川→入間川→荒川の水域なんだ。

東京と埼玉の境である成木尾根の南を成木川は流れる……というイメージだったので直感に反したのだが、
都県境尾根の終わる安楽寺よりも東では、成木川が都県境になっている部分もあるのか。


岩蔵温泉バス停。
初めて来たが、温泉地っぽさは無い。

ここは青梅の方から回ってくる都バスと、
青梅と飯能をつなぐ西武バスとで、そこそこ便数はある。
だから調べずに降りてきたのだが…ちょっと間の悪い時間に降りてきたようだ。
次のバスは40分後で飯能行の西武バス。
時間を潰すようなとこもない。
少し迷ったが、いいや、飯能まで歩いてしまおう。


青梅から飯能や間野黒指へ抜ける小曽木街道はそれなりに通行量がある。
トラックや工事車両がバンバン通る。
元コンビニっぽい建物だが、左端はなんだろ?
焼鳥でも焼いてたのか、野菜の直売でもしてたのか。


飯能駅に戻ってきた時がちょうどお昼で。
どこも混んでたのでビールと酒だけ買ってくいっと。
お昼は池袋で食べた。


2026/6/11(木) 笹子峠

甲州街道最大の難所と呼ばれた笹子峠を越えてみたい。


駅から歩いたって構わない距離なのだが。
バスがあるのでせっかくだから乗って行こう。



バスで日影上へ。
ここは甲州街道でも国中(甲府)側の最期の宿場町だった場所。
今はもう宿場町の面影は無いが、古い民家の屋根が関東には珍しく高く急だったり。
雪が多かったのかな。

地名で「上」の読みが「カミ」か「ウエ」かは場所によってちょっと迷う。
関東で言えば京のある西の方が「上(カミ)」なのだけど。
ここは集落の南側で甲州街道的には江戸寄り。
山の上の方なのでウエなのかと思ったけど……バス停は「日影上(ヒカゲカミ)」だった。



しばらくは舗装された道を行く。
集落の裏手の急斜面が法面保護もなく少し不安を覚えるが。
見れば治山工事や林業は丁寧に入っているのがわかる。




作ったばかりの堰堤。




清水橋のところから山道に入る。



これは…擬木で施行された。
そう遠くもない時代にハイキングコースとして整備されたようだ。


擁壁が見たことのない…なんだこれ?


崩れているとこがあった。
水の抜けるシートのようなもので覆っていたらしい。



林業やら堰堤建設やらでよく人の手の入った山だ。


堰堤脇に散らばる石。
かつて石垣が組まれていたのが崩れ去った跡だろう。

天正十年、武田征伐の軍を進めた織田に追われ、国中を放棄した武田勝頼は岩殿山を目指してこちらに逃げ延びてきたが。
郡内を治める小山田信茂の裏切りにあい、笹子峠を越えることができず、天目山にて滅んだ。
笹子峠は軍事的にも重要拠点であったろうから、この石垣もなにかの遺跡だったのかもしれない。




しかしこうして歩いてみて、どうも違和感がある。
街道っぽくないのだ。
ひょっとしたら元の街道は崩れたり、舗装林道に上書きされたりで。
今こうしてハイキングコースになっている道は近年に作られたものなのかも、と想像したりした。



だいぶあがってきたところで舗装林道を横切る。



右手を見ればトンネル。


深くえぐれた道。
そうそう、江戸五街道のひとつともなれば人も馬も相当な往来があったはずで。
このくらい道型がはっきりしてないとおかしいのだ。




V字の切戸になっている場所が笹子峠。
旅人が落ち着けるような場所ではない。
「甲州街道最大の難所」とは単純な標高差だけでなく、道の悪さもあったのかもしれない。
山賊も出たというし。


街道歩きが目的ならこのまま笹子へ下ってもいいが。
今日はもう一つ目的がある。
北へ。




尾根の南側を巻く新道はちょいと悪かった。
土が柔らかく、路肩を踏み抜きやすいのだが、落ち葉で踏んではいけない場所が見えにくい。
山側の立木が道の上にせり出してきたり。
雑に歩いて肩がぶつかろうものなら、よろけて谷側に滑落しかねない。
慎重に歩こう。




笹子雁ヶ腹摺山。



姥子山の方の「雁ヶ腹摺山」
甲州アルプスの「牛奥ノ雁ヶ腹摺山」
そしてここ、「笹子雁ヶ腹摺山」
ようやくコンプリート。
そして大月市の秀麗富岳十二景のひとつでもあり……
ああ、そういや富士山が見えるかどうか、気にしなかったな。
まあこの曇り模様では。



笹子へ下っていく。




道は尾根筋、急斜面なところは丁寧にジグザグの踏み跡があって不安は無い。
やたらとたくさんあった「水造」の標識、なんじゃろ?
(下山後に調べたところ、水源林造成事業の境界票のようなものらしい)




この鉄塔の場所から尾根筋をはずれ、


植林帯の中を下っていく。




新中橋へ下山。
これまた歩いたって構わないような距離なのだが、10分後にバスがあるようなので。

バスに乗って調べると、笹子駅で40分近く待つらしい。
それならばと終点の大月駅まで行って何か食べよう。




駅前の寿司屋にて。
ミニサラダはビールを頼んだら自動で出てきた「お通し」。
地方の飲み屋ではない飯屋でアルコールを頼むとこういう「お通し」「突き出し」が出てくるが、別にお通し代はとられない。
都心では無い文化だよね。
有るとこと、無いとこの境界はどこなのだろう?
まったく期待してなかったが、予想外においしいマグロだった。


もうちょっと食べたくて駅そば。
ミツバ・かいわれ・茗荷・ネギ、薬味で食べるごまだれ蕎麦。


次の電車が中央特快の東京行きだったのでそちらのグリーン車でもいいのだが。
大月からだと特急の指定席でも値段がほぼ変わらないの。
なので特急かいじで新宿まで。