2024年2月2日金曜日

2024/1/25(木) 大蔵経寺山と甲州にぎり

 




今日は石和温泉駅から大蔵経寺山へ。
地図だとなぜか南口から迂回してくるような書き方だけど、普通に北口から行けます。



大蔵経寺・物部神社の奥のフェンスを開け、しばらくは舗装路。
しかしお寺さんというのは寺院名とは別に山号を持ってるものだと思うが。
寺院名=山名というのは珍しい。
いや、この山が大蔵経寺の「お山」なのかは知らないが。

調べたところ、「真言宗智山派 松本山 大蔵経寺」だそうで。
山の名前にちなんでお寺の名前になったのか、その逆なのかまでは分からず。


石和の街と、御坂の向こうから先っちょを露出する富士山。



現地の状況と地図が食い違う。
山と高原地図のライン取りがいい加減ないつものパターン。
(これは2015年版です)
(いいかげん買いなおせよ)



山神宮脇から山道になります。
手袋・ストックを準備。



岩が押し出されたような広い尾根に、迷わないように短い間隔でリボンがある。




大蔵経寺山。
山頂の展望はいまひとつ。
武田信虎が現在の甲府に躑躅ケ崎館を築いたのを開府としているらしい。



そこから北へ。
明る広葉樹の山で、ずっと左手に甲府盆地を眺める。



深草山。
甲府盆地の向こうに雪をまとった南アルプス。




大岩園地分岐。
今日はゆるふわ日帰りなのでここから西へ。


分岐から西へちょっと進むとこれ。
厳重に横棒が置かれてる。
こっち来んな!のサイン。
踏み跡は見えるし地形的にも尾根筋で行けそうな気はするが。



テープにしたがって南面のジグザグ道を下っていく。
ある程度下った先で、今度は西へ水平移動していくのだが、



今度はトラロープの通せんぼ。
あれ?とキョロキョロすると右手後方に登っていくようにリボンがあった。
それをたどって尾根筋に復帰。
こういう迂回のしかたがあるってことは、やはり尾根筋には何らかの支障があるのか。




東山。
ここより後は素直な尾根筋の道になる。




大日影山。
下りの尾根が2方向に分岐する。
左手の尾根の方が膝には優しい風だが、市街地からやや遠い愛宕山公園の方に行ってしまう。



武田神社の方へ向かって下っていくと、唐突に東屋がある。



ここより下側は森林公園的に整備された森らしい。




武田神社の脇に下山。
想定よりだいぶ早かったな。
深草観音の方にまで足を延ばしても良かったかも。

終始明るく、左手に甲府盆地を眺めるいいコースでした。
ちょっとわかりにくいとこもあるけど、やたらめったらリボンテープが豊富なので、それを追えば問題なし。


武田神社というのは、戦国武田氏の拠点跡。
戦国大名としては諏訪四郎勝頼の代に天目山で滅んでいるのだけど。
武田氏自体は江戸時代を通じて大身の旗本として続いており、現在も一族会があるらしい。
そんなわけでここも立派な神社だ。
先日みた頼朝の墓とはずいぶん違う。
とはいえ、平日の昼時は静か。
駅までのバスもあるが、いいや、歩こう。





武田神社から甲府駅北口まではまっすぐな道。
かつての武田城下だったのね。


さて。
大蔵経寺山自体は前々から登りたいと思っていた。
甲州は石和温泉のすぐ裏の山、であると同時に。
金峰山・北奥千丈といった奥秩父の主峰から南に延びる広大な尾根の、その最末端でもあるというロマンがある。

しかし以前計画した時は逆方向で考えていた。
最後に石和温泉で風呂に入ろうと。
今日、甲府側に降りたのは、「甲州にぎり」というものを食べてみたくなったから。
というわけで、目星をつけてた、魚そう北口分店へ。


まずはビール。
この少し筋の入ったものの、適度に脂ののったブツはサービスでした。
(地方の個人営業の飯屋でアルコールを頼むと、お通しじゃないんだけど無料でちょっとサービスがあるやつ。)

メニューをみても分からない為、女将さんに
「甲州にぎりという大きなお寿司を食べにきたのだけど、どれがそれ?」
と尋ねたところ、寿司(並)がそれだと。
(上)や(特上)は少し違ったものになるという。


これがそれ。
一貫が通常の2個ぶんくらいの見た目。
江戸時代後期に江戸でうまれた握り寿司は、明治大正と下るうちに地方に広まったのだけど。
甲州のにぎりはその頃の姿を留めているそうで。
ツメが塗ってあり甘いのだけど。
シャリがしっかりと握ってある為、咀嚼しているうちに甘さはすぐに消える。
そして酢が甘さ控えめなのか、不思議と違和感がない。
シャリが多いので意外と腹にたまる。
並盛り一人前で十分満足。


初めて食べたのになにか懐かしい感じのする寿司だなと思ってのれんをくぐった。
店の前の幟を見て妙にしっくり来た。
そうだ、ど根性ガエルの世界の寿司のイメージなんだ。
お店のつくりも梅さんがいそうな感じでした。



次の特急まで少し時間があったので南口を一回り。
鳥もつ煮の店にあったこの古い写真。
昔の小僧さんってこういう着物に帽子をかぶるスタイルがあったなあ。
毎日香のお線香のCMのアニメでも出てくるやつ。
ハンチング・キャスケットが労働者のアイコンだった時代。


あずさ号で帰る。
思ったよりも早い帰りになったが、満足です。

2024/1/19(金) 高尾周辺マイナールート(宝珠寺尾根・拓大尾根・初沢山)

 


小仏バス停から。
今日は宝珠寺尾根を登ってみようかと。
霊園の左奥から尾根に取り付きます。
実のところ尾根の最末端にテープも踏み跡も見えていたのだけど。
そこはお墓のすぐ裏の擁壁をよじ登ることになるので。
お寺さんにもお墓にも失礼かなと。



取り付きはちょっとアレだけど、すぐに踏み跡があります。




踏み跡は尾根筋を素直に辿り。
多少急なとこもあったけど、普通に山道と言って良いかと。
それなりに表情も豊か。



尾根筋を明瞭な登山道が横切る。
ああ、これが。
使ったことはないけど城山東面の巻道か。
長いこと通行止めになってるという。


そこから数十mで見覚えのあるとこに出た。
早いな。
どこかしかの駅・バス停から小仏城山に登るのに、千木良からと同じくらいの最短径路かも。


さて小仏城山。
景信山の青木茶屋が城山に移ってくるという話がある。
こっちの春美茶屋が廃業するのでそこに入るのでは?という意見もあった。
一昨年ちょっと話題になった「国立国定公園内の山小屋の営業許可は誰が出しているのか」に関連するような話に思われたのだけど。


そもそも私有地のようだ、ここは。
すると営業許可を奪われた丹沢の大倉高原山の家は私有地ではなかった、ということかな。



のんびりお茶を飲んでるうちに雲がはれて富士山が顔をみせた。




おなじみの南高尾。
道中至るところにベンチがあって、皆思い思いの場所でちらばって飯を食ってるゆるい空気がいい。
そこいくと高尾陣馬はおおよそ飯スポットは決まっている感じがする。




下山は拓大分岐から。
拓大尾根は初めて歩く。
暗く単調な四辻までと比べると、
明るく裏山感があり、時々右手に都心方向がチラ見えしていい。
ただずっと有刺鉄線のフェンス沿いなのがアレだが。

この尾根の東側の地権者が動物(人間含)の侵入を拒んでいるということか。
しかし遠目に見てもスマホの地図で見ても、採石場・ゴミ処分場・ゴルフ場といった施設は見えない。
何もない谷あいの山林だ。



拓大の脇までずっと同じフェンスが続いているので。
あの谷あいも拓大の敷地なのかも。

そうか、ひらめいた!
昨年末に町田の相原で熊が出たってニュースになった。
草戸山まで都県境の山が奥多摩からずっと続いているのだから、その麓の相原で熊が出てもそこまで不思議ではないのだけど。
この南北に長いフェンスに阻まれるから、熊としても相原の方に誘導されてしまうのか。
してみるとこの物々しいフェンスもキャンパスに野生動物が降りてこないためのものかも。




紅葉台住宅地の奥に下山。



住宅地を抜け、カーブミラーの所から、



配水所にあがる。



その奥の初沢山。



そこから北へ下る。
なにやら立派なお社の裏にでた。
すぐ下に見える浅川小学校の校庭から子供たちの元気な声が聞こえてくる。



高尾天神社というのか。


電車から見えるあの黄色い仏舎利塔も。


さて、高尾駅南口に良さげな和食の店を目星つけといたのだけど。
お店は中休みの時間だったようで。
第二候補のダイエーの2階の店で乾杯。
このフロア初めて来たが静かで落ち着いてるな。


名物らしいドイツ風コロッケを注文。
芋のコロッケですな。
ジャガイモ=ドイツのイメージなんだろうけど、それは西側諸国の中では比較的ドイツが芋を食うってだけで。
ジャガイモの本場はポーランド・ベラルーシ・ウクライナといった東欧なんだよね。
加えていうと、フランス料理のクロケットのベシャメルソースをじゃがいもで代替するのは日本の考案だし。

ザクリと硬い衣に、中はイギリス式のよく潰したねっとりしたマッシュポテト。
デミグラスソースかけ。
付け合せはフレンチフライ(この料理名はベルギー由来)
それをお箸で食べる。
不思議なお店だが居心地はいいな。


有線だと思うが松坂慶子の愛の水中花が流れてるような日本式洋食屋。
多花美さんでした。
なぜか表のダイエーの看板には表記がなかったな、と出てから改めてみるに、あった。
表記が違ってたのか。


池袋でもう一杯飲んで帰った。